雨のレース

モンツァの予選は、雨で大幅遅延で録画ができず・・・
しかし、凄い雨で中継を数時間に及びつないでいるアナウンサーやコメンテーター これはコレでご苦労様・・・。
決勝は観てないが、シルバーアローの1-2だったようです。
超高速サーキットで見た目だけでは判断できませんが、RBRを筆頭に軽いリアウイングが目につきました。
パワー不足で刺されまくりの、マクラーレンはなぜか重そうなリアウイング・・・。
ホンダの来年が随分取沙汰されているが、、、 今は何も言うまい。。。

そーいや前回に76のFISCOのF1に少しだけ触れましたが、この時は決勝大雨で、ポイント争いしていたラウダが途中棄権し、ハントがチャンピオンになったんですねぇ。これも含めて、前回紹介の"ラッシュ"で出てくるようです。

当時のエントリーリスト見ると、いろいろと懐かしい名前やマシンが。
長谷見さんドライブのKE007なんてのも最近レストアされて展示されたので、見た方もいらっしゃるかな?
日本製と言うことで、マキも出たがトラブルで予選落ち。(海外で走った日本製はホンダに続く2番手)
当時のF1は、カスタマー用エンジンでFORD DFVが多く、コンストラクターはあくまでシャシー屋さん。
エンジンもシャーシーもというのはフェラーリのみ。この辺りがF1界におけるポジションを得ている大きな要因か。
そーいや、当時の76か77のLPレコード持ってたなぁ。
12気筒だけど、フェラーリとアルファのフラット12は意外に低い音。DFVはその後のF3000と同系なので聞きなれたV8サウンド。
BRMは、、、覚えてない。
やっぱり音だけは、(リジェ)マトラのV12に尽きる。
js5.jpg
(この巨大なエアインテークは、シーズン途中のレギュ変更により、日本に来た時には無くなっていた。)
絹を裂くような と称された悲鳴にも聞こえるサウンドは鳥肌もの だった様な・・・。

ドライバーは、先の長谷見さん含め、日本人が4人もワイルド・カード(?)で出ている。
ke007.jpg
(KE007 予選のフルクラッシュを、徹夜で何とかカタチにして本線出走し完走)
そして、赤いペガサスでもお馴染みの(?)、アンドレッティやハント、もちろんラウダも。
0周リタイアの元祖ドリフター、ロニーピーターソンの名前もマーチで出走。翌年は6輪タイレルで出ていたから、そちらの印象が強いかな。
あと、レガツォーニの名前も。後年事故で車いす生活になったが、NSXのCMで一時期出ていたからコレで知った方もいるかも。

この時代は、フレームもセミ・モノコックだったり今に比べると安全性は遥かに低いんだろうが、いろいろと純粋だったように思う。
裏では色んな確執や金の動きもあったんだろうが、この辺は現在も変わらずか・・・。

雨のレースと言えば、65船橋サーキットのCCCレースの夭逝してしまった浮谷東次郎が思い出される。
もちろん、後世に文献で知る限りではあるが。
この日本のモータリーゼーション期におけるモータースポーツの役割は、いろいろな意味で現在より遥かに大きかったのではと思う。(S54Bが904を一瞬抜いたのもこの時期。裏話があるようだが、まだまだ海外に追い付け時代には大いに旗振りになったよう)

数年前のWECで、ほとんどペースカー先導でのレースでトヨタが勝った????なんてレースもありましたが、リスクの上にはいろいろとドラマチックなことも多くあったようです。

今回は、違うネタで書き出したら、雨繋がりでイロイロと。
そーいや10月マル耐は、もちろん快晴が望ましいですが、ウェットの方が番狂わせ(?)が起こりやすかったりして・・・。

どうも昔話が多くなっていますが、ご容赦。

ではでわ。

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